2017年01月12日

20170111ギブミーマネーについて考える。

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20170111ギブミーマネーについて考える。


写真は、昨晩お世話になったポールファミリー、本当にありがとうございました。

今日はコンドアの町まで着いた。空港もあるちょっとした町で宿は10ドルとタンザニアとしては少しお高いが快適。


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さて、ドドマまで200キロ、ずっと未舗装かと思いきや、一時間もしないうちに舗装路が復活。道としてのわくわく感は減るにせよ、山岳地帯の未舗装は倍近い時間がかかってしまうので助かった。

中国企業がどんどんと舗装を進めているらしい。

この調子ならBABATIの町までも、あと半年もかからず舗装が完了するだろう。

タンザニアはザンビアまでつながるタンザン鉄道にしても中国資本でやっている。世界のどこでも中国のパワーって本当すごい。


そんなわけでARUSHA〜DODOMA間の未舗装は実質50キロもない、自転車でもせいぜい4時間程度だろう。さらにもう一年もすれば全線舗装になると思う。

車も少なく快適だ。全線舗装が完了すると増えるかもしれないけれど。

アルゼンチンPatagoniaもそうだったけれど、「え、こんな少ししか車通らないようなところでも舗装するの?」という感じで世界中、どんどん舗装されて行く。


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昼頃、腹が減ったなぁと思ったところで久々の町?村?とにかくご飯が問題なく食べられそうなところに着いた。

しかし、実に規模が中途半端で、入ろうかな、ぼったくられるかな、どうしようかなと考えていると、老人が声を掛けてきた。

案の定、いまいち英語は出来ない。

「そう、腹減ったんだ。この村で食べれる?」

などテキトーにジェスチャーゲームしていくと、

「食べれますともミスター、私に千シリングくれたらご案内します」

みたいなことを言う。

周りの村人も、

「ああ、またあのじいさんが旅人に物乞いしてるよ」

みたいな目で半分笑っている。


疲れているとこれが腹が立つ。

「あのなぁ、すぐそこに見えているどれかの店で食えるくらいオレでも分かるし、オレが汗水流して働いてためた金をお前にやる必要があるんだ?30円くらい別に構わないけど、なんでお前らタンザニアの人間は恥も外聞もなく、すぐにお金くれなんだ?何もせずに金をもらおうとし続けるから、お前らいつまで経ってもギブミーマネーなんだよ」

と日本語で怒ったら、向こうも怒ったので、次の町で食うと言って走って逃げた。


実際には、その老人は悪くないのだ。

いや、いくらか悪いところもあるのかもしれないが、何よりもただ単に運が悪かっただけなのだ。

生まれた環境と育った環境、それだけのせいにしてはいけないとは言うが、多分、その老人が僕のように日本で生まれて、学校に行って、就職のサポートを受けて、まあ、僕は大学中退だから割と自由にしているにせよ、東京で自転車屋で就職するとなった時、最初の家賃などをいくらか借りて、やはり支援は受けている。そういう環境が老人にあれば、老人だって恐らく普通に働いているだろう。

日本に生まれずとも、タンザニアでも昨晩泊めてくれたポールみたいに警官などの公務員になろうと思えば、ある程度、学校から遠くなくて、家の手伝いじゃなく学校に行けるだけの時間、ノートとペンくらいは何とか手に入るような家庭環境は欲しい。

僕なんかは好きで大学を辞めて、山小屋やペンキ屋みたいなラフな仕事を意図的に選択して働いてはいるが、彼らは意図的に選択してギブミーマネーおじさんになっているわけではない。


途上国でギブミーマネーと言ってくる人に対して腹を立てるってのは良くないことだと僕は思っている。

でも、実際にはコツコツとストレスが溜まってくる。


その後も、走っているとギブミーマネーチルドレンに声を掛けられたので無視したら、石を投げられてしまった。


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その後の村では無事にご飯が食べられ1500シリング、100円以下と良心的なお値段、むしろそこは本当に助かっているので、もっと取っても良いのになぁなどと思いつつ。


結局、コンドアで町の入り口にて、自転車に乗った片足の無い男と少し話す。

コンドアは町が道からそれていて少々分かりにくいのだ。まあ、一人でも問題なく行けるのだが、安宿なんかは村人に聞くのが手っ取り早い。

「お、町か。案内してやるよ」

この男がすごいのは、片足がないのに、普通に自転車に乗れるのだ。

片足だけでひょいひょいうまくペダルをこぐ。

上り坂も、荷物満載の僕と同じ程度に上る。

すごい。

「これは間違いなくギブミーマネー言われるなー」

と思っていたが、案の定言われるが、実際、彼はかなり頑張ってくれたので払っても良いだろうと思ったのだが、財布の中に小さいお金がない。

ギブミーマネーの人たちの困るのはおつりを持っていないことだ。

仕方ないので約2ドルを彼にはあげた。昼飯より高い金額をちょっと道案内しただけでもらうということに関して彼はなんとも思わないのだろうか、まあ、ラッキーっていうだけなんだろうな。


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ギブミーマネー問題は、これは深刻に考える必要のある問題だと思う。

日本だって戦後はギブミーマネー、ギブミーチョコレートだった。

ただ、いつまでもそんなのでは、成長はない。

経済成長が必ずしも良いこととは思わないものの、やっぱりギブミーマネーって旅人に限らず、同じ国の人間でも言われたら腹が立つだろう。


ギブミーマネーと国民が言わなくなる。

これは本当に大事なことだと思う。


前回のアルゼンチンではギブミーマネーは言われなかった。

アルゼンチンは南米の中ではそれなりに経済発展していて、途上国は卒業しているというのもあるんだろうが、それにしたってお金持ちな国とは言えない。

もちろん、ブエノスアイレスのような大都市には物貰いの人もいたけれど、それ以外の普通の人が突然にチップくれ、ギブミーマネーなどと言うことはなかった。

代わりに強盗などはあった。僕は遭遇しなかったが、同じ宿に泊まっている女の子は宿のすぐ近くで手持ちの財布などもすべて盗られて泣いていた。さほど細い路地でもなく真昼だったにもかかわらずだ。


逆にタンザニアでは、その手の話は聞かない。

都市部ではタクシー強盗くらいはあるようだが、道を歩いていて突然襲われるとかは案外少ないと聞く。


強盗は少ないのにギブミーマネーは多い。

これはおそらく精神性の問題じゃなかろうかと僕は勝手に思うのだ。

「ギブミーマネー」と誰かに言うのは恥ずかしい。だけれど、お金がなくて困っている、だから強盗や泥棒、詐欺をする。

それに対して、強盗、泥棒は悪いことなのでしないけれど、「ギブミーマネー」というのは全然恥ずかしくない。


旅人としては「ギブミーマネー」の方が助かる。

ただ、平気でギブミーマネーの精神だと、多分、いつまで経ってもタンザニアはタンザニアのままだと僕は思うのだ。

中国資本できれいな道路が出来たって、ダルエスサラームに国連の綺麗な背の高いビルが建ったって、どこかの先進国からの援助で水やガスのインフラが整ったって。

結局、それはギブミーマネーなのだ。

だれかお金チョーダイなのだ。


もちろん、ギブミーマネーと言うのはタンザニアの一部の人間だけかもしれない。

それでも、ほとんどの子供たちが平気で外国人にギブミーマネーと言う。

本当に幼い子供から、学校の制服を着た子まで。

子供だから邪気がないので許せるにせよ、まさにこの問題の根幹だろうと思う。


お金は誰かにタダでもらうっていうのはおかしいものなのだ。何かしらの見返りとしてお金というものは行き来するものだ。お金をもらうには何か技術や知識を身に付けないといけない。ちょっと近所の飯屋まで案内するだけで大したお金をもらうことは難しいし、その程度のことでは生計を立てていけない。

だから人に安易にギブミーマネーと言ってはいけないし、それは恥ずかしいことだし、それでもらったお金というのはあぶく銭で、すぐに消えてしまう。それこそギャンブルで得たお金などはすぐに消えてしまうのと同じだ。


人生は有限であって、その中で時間とお金を使って何事かを経験し、会得していく。その結果としてもらえるお金の大小は変わる。もちろん、努力が無駄になることも多々ある。あまり世界は平等ではない。それでも、生きていかねばならない。

経済成長が必ずしもいいことではないせよ、お金を持った生活が良いと思えば、お金をもらえるように生きねばならない。


でも、きっと僕も途上国に生まれ、勉強をする機会がなく、仕事も見付からない中で、一度でも旅行者からお金をめぐんでもらえば、それからは機会があるごとに外国人にギブミーマネーって言うだろう。


やっぱりすごく難しい問題だと思う。


明日は首都ドドマの予定。

まあ、特に何がある都市というわけでもないらしいので、滞在する予定はない。

眼鏡屋さんがあれば、値段とどの程度の時間で作れるか聞いてみて、悪くなければ予備の眼鏡を一本手に入れたいところ。


そんなこんな。

posted by じてぼん。 at 00:32 | アフリカ自転車2017 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする