2019年10月14日

オーディブルでユヴァル・ノアのサピエンス全史のオーディオブックを。

オーディブルでユヴァル・ノアのサピエンス全史のオーディオブックを聴きながら自作ワラーチでベアフットラン二ングなど始めた。

横文字だらけで謎の言葉の羅列みたいで楽しい。

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オーディオブックと言うと本を朗読してくれるやつだ。
地味に良い値段する。安くはない。本にもよるけど、一冊に千円以上が相場だ。
ただ、ランニングしながら本が読めたら便利だなというわけで試してみることにしたわけだ。

オーディブルとは、Amazonの提供するオーディオブックのサービスだ。
月額1500円で月に一冊もらえる。二冊目以降は30パーセントオフで買えるというシステムになっている。
Amazonオーディブル以外だとaudiobook.comというサービスがある。オーディブルよりaudiobook.comの方が人気があるようだが、まあ、トントンといったところらしい。
個人的には月に1500円で一冊ってのは分かりやすくて良い気はしてる。
とりあえず、最初の一ヶ月は無料体験出来るので、早速無料体験してるわけだ。

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このオーディオブック+ランニングというスタイル。
実に便利である。

音楽+ランニングっていうのも良いのだが、僕は両耳をふさいで外を走るというのがどうも怖い。
かといって片耳だけで音楽を聴くというのもちょっと微妙だ。特にジャズ、クラシックなんかを聴くのが好きなので、片耳で聴くと何だか間が抜けたような音質でダメだ。

オーディオブックなら片耳でも十分聞ける。
正直、音楽でテンションを上げてランニングみたいなウキウキ感は無いけど。

それでも、毎日ランニングの時間を30分、読書の時間を30分取るって現実的に難しい。何ともストイックだ。

この2つを一緒に出来ると時間の短縮にもなるし、
「ランニングしたいな」
「本の続きが気になるな」
どちらか片方の動機でも両方できてしまう。

週に3日読書する、週に3日ランニングする、どちらかの習慣を作るのだけでも決して簡単では無いにせよ、両方をする習慣って本当に難しい。
オーディオブック+ランニングならどちらか片方をすれば、もう片方も自動で一緒に出来る。

これ、なかなか画期的なわけだ。

まあ、クイーンでも聞きながらテンションを上げて走ってる方が気持ち良いし、何なら音楽も何も聞かず静寂の中、自然の音だけ聞いて走ってる方が素晴らしいってのも事実ではある。

さらに言えば、本は聞くより読む方がやはり王道ではある。

それでも、やっぱり画期的だ。
本は読むのも良いが、意外と聴くってのもアリだ。

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そんなわけで、Bluetoothの2000円ちょっとのイヤホンをAmazon先生で買ったら妻に叱られた。
最近、妻は僕を叱るのが趣味になっているようだが、僕の方は叱られるのが趣味にはまだなっていない。

こういうのってマゾヒズムを高めて、叱られるのが快楽になると便利なものだろうか、などと考えるが、多分、そういうものでもないのだろう。

世の男とは妻に怒られるものなのだろう。
なぜそんなに怒られるかは分からないにせよ、男が黙って妻に怒られていれば世界は平和なのだろう。

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まあ、別にランニングも読書も、したければすれば良いし、したくなければしなくたって良いんだけど。
やってるから偉いってことはない。
中学生とかなら先生に誉められることはあれど、大人になったら誰かに誉められるわけでもなく、どちらも単なる趣味でしかない。

それでも、やってみようかなと思ったことはせっかくなのでやってみるのが良いだろう。

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とりあえず、当面はユヴァル・ノアの「サピエンス全史」の覚え書きを書いていこうかな、と。
というのも、オーディオブックは聞く本なので、聞くのは楽なのだが、聞き流していると全く内容が頭に残りそうにないので、その日聞いた分は簡単にまとめてメモしておくと良いかな、と。

一応、自転車と本というブログなので読書の覚え書きに、いや聞書と言うべきか。
まあ、本のメモを書いても読者には怒られまい。

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ユヴァル・ノア・ハラリはイスラエルの歴史学者。「サピエンス全史」は世界的に大ヒットしている名作で人類について書いている本だ。

昨日今日で聞いたところを、とりあえず覚え書く。順番とか詳細はいくらか適当。いかんせん走りながら聞いてるだけなので、やはり細かいところはなかなか難しい。

ホモ・サピエンス以外にも人類はいたってこと。ネアンデルタール人とかね。
じゃ、ネアンデルタール人なんかはどこに行ったのか。
サピエンスにやっつけられたという説と、サピエンスと交配して現在もその血筋はいくらか残ってるという説があるそうな。
交配説は人種差別などにもつながり危険な要素を含んでいるので、やっつけた説を信じたいとされていたが、昨今のDNA研究によると、いくらか交配したんじゃないかというデータが出ているそうな。

人間は脳が大きい。二足歩行。
今でこそ脳のおかげで、銃なんかも使えるようになったが、そんなのつい最近で、それまでは尖った石を棒の先に付けて戦うくらいしか出来ず、脳の大きさのメリットってどうなの、って感じでもある。

脳が大きいってのは非常にデメリットが多い。
まず燃費が悪い。脳ってとにかく大量のエネルギーを使う。
そして、出産のリスクにもつながる。頭が大きいと生まれにくい。

さらに二足歩行なので骨盤が小さい。
骨盤が小さいと産道を確保するのが難しい。
なので、人間の子供ってかなり未熟な状態で生まれてくる。

二足歩行と脳が大きいっていうのはとにかく、デメリットが大きい。

それでも、火を使えるようになった。
これは強い。
いつどんな時でも火を使える。
鳥みたいに上昇気流さえあれば上空に飛べるじゃなく、火打ち石さえあれば火は使える。

火が使えると調理が出来る。
こうなると、消化が楽になるので腸が短くなる。
牛などのように腸が長く、消化にエネルギーを多く使うと脳を維持出来ない。

森を焼いたりも出来る。

それでも、サピエンスが人類の中で唯一残ったのはなぜか。
著者は認知革命のおかげだとしている。

これ、非常に面白いポイントだが。
言語を使える生き物って意外とたくさんいる。クジラやイルカが有名だが。アリなんかでも仲間の間で情報を伝達して餌の場所を教えあう。サルなんかでも叫び方の声で群れに危険を知らせたりする。

ただ、人間の言語がすごいのは噂話が出来るということだそうな。
特にホモ・サピエンスの言葉だ。
これがネアンデルタール人たちに勝ち、ホモ・サピエンスが残った1番の理由じゃないだろうか、と。

ただ、危険や必要事項を知らせるっていうのも非常に大事なことではある。
ただ、噂話っていうのは、同じ種族の話をする。人間の話をするのだ。
噂話によって、人は人を評価する。
あの人は信頼できる人だ。信頼できない人だね、など。
こうして集団に秩序が出来る。

他の動物も秩序ある群れを持つものはいる。
ただ、それは狼なら血族など、近しいもの同士限定なのだ。
それに対して、人間は噂の力だけである程度までリーダーを立てて、そのリーダーのもと組織だって動ける。それは近親者じゃなくとも良い。
噂話は情報であり、その情報をもとに僕らは人を判断する。
それは自分の一族じゃなくても良い。ある集団に仲間に入れてもらえるとなれば、その集団のボスは誰なのか。誰が権力があるのか。そういうのを知ることで、その集団の中でどう振る舞えば良いか理解する。これは家族などの血族じゃない他人にでも出来る。
つまりまとまれる集団が大きい。

そして、集団は噂話だけで成立するのは150人までだそうな。
家族経営の会社で、別段、社長を決めなくても、細かいルールを決めなくても、ある程度は会社ってやっていける。

学校なんかでも100人くらいの学年を考えるとわかりやすい。別にルールを決めなくても、ある程度の時間があればだいたいお互いの名前と顔が分かってきて、その集団の中であの子はカワイイとか、カッコイイとか、ケンカが強いとか、頭が良いとか、情報がめぐっていってヒエラルキーみたいなものが勝手に形成されていく。
別段、選挙などを開いて明確にルール、権力の順位を決めなくても、実質的にその学年の中で権力、発言権のある子、カリスマ的な子っていうのは出てくる。

ただ、150人を越えると、噂話だけでは成り立たなくなってくるのだそうだ。
ちなみにこの150人っていう数字はちゃんと研究者たちが調べた上での数字だそうな。

噂話で集団が成立しなくなると、何が集団をまとめるか。
虚構である。
嘘ではない。
要は宗教なんかだ。法律もそうだ。いずれも世界に形を持って存在するわけじゃない。
概念っていう言い方をしても良いかもしれない。

そう、サピエンスの言語は存在しないもの、虚構、概念を語れる。
現実にあるものを写実して説明するのと違って、神様を語れる。

吉本孝明氏の共同幻想論なんか思い出したりもするけど。

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まあ、今日はそんな感じの話だったと思う。

そんなこんな。
posted by じてぼん。 at 00:59 | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする