2020年02月24日

友有り遠方より来たる

友有り遠方より来たる
また楽しからずや

論語だ。正しい漢字は違うけど。
同じ志、思想を持った友はどんなに離れても遊びに来てくれる。年数が経てど、境遇が変われど、昔となんら変わらぬ話で盛り上がれる。楽しいとはこのことだな、と。

東京で自転車屋をしていた頃慕っていてくれた友人が長野に来てくれた。
彼は建築業界で働いているので、僕が自転車屋から建築業界へ転職する時に相談もした。
ーーいや、ふくさんは建築は向きませんよ。絶対向きませんよ。
と、彼はアドバイスをくれた。
それで、僕はいったん建築業界はやめようかなとも思った。

先に結論から言うと、僕は自転車業界ってすごく好きで楽しかったなと思う。
お金については少々困るところもあるけれど、自転車屋さんほど素晴らしい仕事ってなかなか無いと今でも思っている。
というか、自転車で走るより幸福なことは世界にはあまりたくさん存在しない、ましてや異国を一人きりで自転車で走ることとなれば、それは人生で最上の喜びの一つだと思う。
素晴らしい芸術作品を作ることの一種だと思っている。

じゃあ、建築はどうなのか?
まあまあ、好きではある。結構楽しい仕事だ。
家が良いってどういうことかと言えば、人生で大半の時間を過ごす空間が良いってことだ。
そして、家の値段が高いとはどういうことかと言えば、残りの人生で毎月1万円遊ぶお金が減るということだ。
だから、家を売るのは面白い。
家を買うって人生をかけた大勝負になる。正解は存在しない。
言うなれば、その人の価値観、決断力、経済力を問われる。
これをサポートする。
この仕事はとても面白いのだ。人生の大勝負をともに乗り越える。

僕は本当は技術者になりたかった。
何の仕事をするにせよ、技術者として、学問を追求して、実験して現実とどう適合するか、そういうことをしたかった。
あまり商人にはなりたくなかった。
お金と真理は全く別次元のものと思うから。

しかし、現実には商人をしているし、良い商人になりたいと思っている。
不思議なものだ。

商売と小説を書くってすごく似ていると最近思う。
小説って人に伝わって、人が何かを感じないと意味がない。
何か偉大な発見を作るのではないと思う。
小説を書くって、人々が無意識のうちに良いと分かっていることを、ただ、美しく多くの人々が感動するようにスケッチするということに尽きると思う。
これ、まさに商人と同じなのだ。

商人って良い製品を開発するのとは違う。
現実に存在しているけれど、人々が便利さに気づいていないものなんかを、集めてまとめて、咀嚼し直して、人々が嬉しいと感じるものを、人々が喜ぶ形で提案するというのが商人の仕事だと思う。

商人も小説家も偉大な発明はしないけど、人々にとても大事な何かを作るってことだと思う。

商人は特に難しくて三方よし、買う人、売る人、社会の全てにとって良いものじゃないといけない。
小説家はどれかにとって良ければ良い。最上は二方よし、読む人、社会にとって良しだろう。売る人、買う人にとって良しは小説にはあまりないと思う。
小説家は消耗品であって然るべきだろう。
消耗品じゃない、息の長い小説家も中にはいるけど、やっぱり一番良い作品はデビュー作、あるいは3本目までの作品っていう作家は多い。

自転車は良い。
手放しで良い。
そういう当たり前のことを当たり前に話してくれる友。
僕も随分と変わった。それでも、遠方から来てくれる友。
歳食っていくと、いろんなことが忙しくなっていく。
僕自身はだれかにとってそういう友でいられてるだろうか。

ま、そんなこんな。
posted by じてぼん。 at 00:55 | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする