2020年05月20日

いよいよ家を建てることに決めた。

いよいよ家を建てることに決めた。
コロナのど真ん中で、何ていうバカなことを言っているんだ、と思われるかもしれないが。

自転車屋をやめて住宅営業をするようになった。
仕事内容は結構楽しい。
自転車屋は言うまでもなく楽しかったが、もっとシリアスにお客さんの人生に向き合って接客が出来るので面白いのだ。

自転車も僕はお客さんの人生をより良くすると信じて売っていた。
仕事だから売るじゃなくて、自転車とは本当に素晴らしいものなので、多くの人に広めたいと思って働いていた。

そういう意味では家もそうだ。
ある意味では家の方がもっと人生に直結しているだろう。

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家を買うメリットなんかって、割と当たり前のことなので話すつもりもない。
人によってアレコレあるだろうけど、結局、どんなものでもそうだけど、ずっと使うのであれば、レンタルするより、買ってしまった方が安いし、自分の好きなものを選んで、好きに使っていける。
これに尽きるし、これ以上話す必要もないと思う。

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生きていく上で重要なのは決断だと思う。

昔はあまり思わなかった。
自分自身のことだけで言えば、死んだら死んだでおしまい。
だから、僕は自由に旅にも出られたし、好きなことだけやって生きてみよう、それがどうしてもダメなら野垂れ死にも悪くない。
そう考えていたし、そうやって生きてきた。

子どもが出来て、大きく変わった。

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僕が今もよく思うのは、心の恩師、Sさんの家での言葉だ。
「結婚しても、子どもが生まれても、自分の人生は自分の人生」
言葉は違うかもしれないけれど、そんなことをSさん夫人に言われた覚えがある。多分、本人はもう覚えていないだろうが。

夫人は画家である。
芸術家である。

僕は何者だろうか。
最近、よく分からないのだが。

それはさておき。

子どもが生まれても、当然ながら自分の人生は続いていく。

映画の海猿なんかでも確か似たような言葉はあった。
子どものせいにして、好きなことをやめたなんて、子どもが大人になった時知ったら悲しむ、だから、子どものせいにして何かをやめたりしない。
いや、これについては全然覚えていないが、確かそんなフレーズがあった。

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子育てって大変だ。
全くもって大変。

子どもを育てるのも大変だし、メインで家事を頑張ってれている妻はもっと大変。
もう、家庭内が大変に包まれている。

最近の僕は仕事で結構へこたれる。
だいたいいつもへこたれるけど。
でも、家にいたら子どもが起きていたら抱っこし続けないといけないし、妻はげっそりと疲れ果てている。

起きてから眠るまで、げっそりと子ども、妻、仕事と囲まれて生きていく。
今こうして文を書けているのは珍しい。妻が早く眠ったので久々にのんびりウイスキーを飲みながら書けている。

そういえば、タバコもやめた。

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人生って決断だ。
決断って責任だ。
責任って、英語で言えばレスポンシビリティ、レスポンスとは返事だから、返事できるという風にも捉えられる。

返事が出来る。
つまり、聞かれた時に明確にそのことについて、根拠や意見を言える。
これがレスポンシビリティ、責任である。
根拠や意見が明確に言えればこそ、決断が出来る。

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レスポンシビリティ、返事が出来るというのは、まあ、よく出来た言葉だなと思う。

自分自身ひとりきりであれば、誰かに伝えられる言葉にする必要はない。レスポンシビリティが必要ない。自分さえ納得していればいいし、誰かに返答しなくて良い。
しかし、自分だけじゃないとなると、レスポンシビリティが必要になる。

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物事ってメリット、デメリットを語るのは実はそんなに難しくないと最近の僕は感じる。
特に家の相談をいろんな人とするようになってから思う。

例えば自転車にしても、ジャイアントの自転車のメリットとデメリット、トレック、ルックのメリットデメリット、ディスクホイールのメリットデメリット。
どれも並べるのはそんなに難しいことはないのだ。

ただ、実際には、人間ってそれぞれ人生がある。
価値観がある。
良し悪しがある。

ディスクブレーキはメリットデメリットを考慮した上で、万人にとって必要かというのは、不毛なのだ。

決断が必要になる。
そのためにレスポンシビリティが必要になる。

なぜディスクブレーキがあなたにとって必要なのか?これが明確に自分自身が納得できる答えができれば、ディスクブレーキの車種にしようという決断になる。
ディスクブレーキに限らず、クロモリのロードバイクについてもそうだ。
ただ、それら自分自身のためだけの自転車なので明確な言葉にする必要はなく、レスポンシビリティは必要ない。自分さえ腑に落ちていれば良い。

Aさんにとって必要かという問題については。
Aさんに必要な根拠と意見が明確に言語で示す、返答できないと、Aさんにとって必要と言えないし、ましてやAさんの自転車はこれにしようと決断は出来ない。

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レスポンシビリティが必要な決断というのが人生は増えてくる。

家を建てるって、正にそうだろう。
妻と子ども、そして両方の両親が納得できる根拠と理由がないと家って建てられない。
これは、結婚にも似ている。
結婚も妻と両家の両親が納得できないと難しい。

別に家を建てるか建てないか。どっちが良いかという普遍的な答えなどないのだ。ファミリーサイズなら金銭的な面では建てた方が良いとか、断片的なメリットデメリットはあるにせよ。
別に家を建てずに賃貸に暮らして、老後は団地でのんびり暮らしたって、人間生きてりゃ問題ない。
どこに住んでいたって立派な人は立派である。

ただ、僕の場合、家を建てた方が自転車も置けるし、家族も団欒できるし、それぞれのプライベートな時間も持てるようになる。
お金についても、僕が死んでも団信が入るので安心がある。
今の年齢なら45年ローンだって組める。あとから繰り上げ返済も出来る。
家を建てなくても家賃に年間80万円近くが消える。
長野県が好きなので、こういう景色の美しい土地に永住したい。
レスポンシビリティを満たしているのだ。
家を建てるリスクも理解しているし、返答できる。会社が潰れたらどうするの?次の仕事を探すために資格も持っているし、スキルも身に付けた。どちらにせよ、生きている限り家賃か住宅ローンかは払わないといけない。
どうしても支払いが難しくなった時には売却するか、賃貸に出すかするしかない。

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家に限らないのだ。
不思議といろんなことに決断が必要になってくる。

そういうのを丸くなったとかは、つまらなくなったとかって言葉を使うこともある。
だけど、歳は取るし、いずれ死ぬのだ。
変わり続けないといけない。自分も周りも。

のんびり自転車でも乗りに行きたいな。

そんなこんな。
posted by じてぼん。 at 00:19 | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする